ハーブがどっさり届いたら‥グリーンカレー

水野仁輔のスパイスレッスン38

 「やむにやまれぬ事情により……」という表現は、後ろ向きなイメージを持っているけれど、僕は好きである。だって、世の中は、やむにやまれぬことばかりじゃないか。少なくとも僕の日常はそうである。

 つい最近まで、四国へ食材探求の旅に出かけていた。高知のしょうがと愛媛のマーマレードジャムがメインの目的である。農家を訪ねたり、道の駅などをはしごしたりして、おいしいカレーを作るための食材を5日間かけて手に入れる。

 四国の少し前は、インドネシアへ行ってきた。ナツメグ、メース、クローブの収穫を体験し、スパイスが生まれる現場を取材するのが目的である。この旅は、1週間ほどかけることになっていた。

 インドネシアから帰国し、四国の旅に出るまでの間、東京にいるのは2~3日だ。この2~3日の間に思わぬ贈り物が届いた。佐賀県の農家さんから、ハーブ類がどっさり。段ボール箱を開けてそのボリュームに雄叫おたけびを上げそうになった。

 が、その直後に冷静になって焦り始めた。明日から四国へ出発するのだ。次に東京に戻るまでこのままにしておくわけにはいかないじゃないか。青々としたハーブたちを前に途方に暮れる。

 ひとまず、グリーンカレーペーストを作っておくことに。タイ料理で知られるグリーンカレーは、グリーンチリ(青唐辛子)と各種ハーブやスパイスをペーストにしたもので作る。これを事前に作って油でいため、適度に水分を飛ばしておけば、冷蔵庫で4~5日はキープできるだろう。

 そう、僕はやむにやまれぬ事情でグリーンカレーの準備をすることにしたのだ。

 ペースト用の材料を豪快にミキサーにぶち込み、少し水を加えてスイッチを押す。高速回転したハーブたちは、まもなく絵の具のビリジアンみたいな色のペーストになった。これをやるときにいつも思い出すのは、錦糸町のタイ食材屋さんで聞いたタイのおばちゃんの話である。

 タイではかつて、この作業を家庭の主婦が石臼を使ってせっせとやっていたという。さまざまな形や硬さの食材をつぶしていくのは気の遠くなるような時間がかかる。結局、最近は、面倒だからという理由で自家製のペーストを作る人は激減してしまったそうだ。

 確かに石臼でつぶしたほうがペーストはおいしくなる。でも、電動ミキサーは便利だから、あるものは使えばいい。タイの主婦はやむにやまれぬ事情により、ペーストを手作りしなくなったと思えばいい。タイの家庭では、ミキサーを使っているんだろうか。逆に言えば、ミキサーが一般化していなかった時代は、やむにやまれぬ事情で石臼を使っていたのかもしれない。

 それで思い出すのがもうひとつ。ナンとカレーを出すとある店で店主が言っていたセリフだ。「うちはオーブンでナンを焼いてますけどね、インド人だって初めからオーブンを持ってればタンドールなんて使わなかったと思いますよ」。もちろん、冗談半分での発言だったが、すごく面白い発想だと思った。インド人がタンドールという窯を使うようになったのは、やむにやまれぬ事情だったのかもしれない。

 タイ料理を作るけれど、日本で手に入りやすい食材で代用するのだって、やむにやまれぬ事情によるものだ。カピという小エビの発酵調味料の代わりに塩辛、ナンプラーの代わりにしょうゆ、ココナツシュガーの代わりに砂糖やはちみつ。まあ、仕方がない。「やむにやまれぬ」という表現は、すべての人に等しく優しいのである。

 ハーブだって、手元にあるものを使えばいい。あったらあったでいいし、ないならないでいい。タイ料理とはどんどん離れていくかもしれないが、出来上がるカレーがどんどんまずくなるわけではない。

 ペーストは油できっちり炒めるのがコツ。水分を飛ばしてねっとりしたペーストになるころには、香り高い黒みがかった緑色になる。この状態で粗熱を取って冷蔵庫へ。

 四国の旅から戻り、ペーストを鍋にあけて、冷凍庫に残っていた安い有頭エビとココナツミルクで煮込む。ペーストさえできていれば、完成まではすぐである。エビからだしが出るから、風味とコクが十分にあるグリーンカレーを味わえる。

 やむにやまれぬ事情だったとはいえ、旅から戻って疲れ果てている状態でこんなにさくっとおいしいグリーンカレーができるのだから、文句はない。ハーブが余っていたら、とりあえずペーストにしておくのはオススメである。

 ただ、高知の農家さんから頂いた抜群にうまいショウガがあるというのに、グリーンカレー作りに活用できなかったのは、やむにやまれぬ事情だと言うしかない。

◆グリーンカレー
【材料・4人分】
 ペースト用
  ・グリーンチリ 4本
  ・にんにく 1片
  ・しょうが 大1片
  ・パクチー 5本
  ・スイートバジルの葉 10枚
  ・レモングラス(あれば) 2~3本
 イカの塩辛 大さじ1
 オリーブ油 大さじ3
 水 100ml
 ココナツミルク 400g
 ナンプラー(またはしょうゆ) 適量
 はちみつ 小さじ2
 有頭赤エビ(半分は頭を残す) 36尾(1000g)
【作り方】
 ペーストの材料をミキサーにかける。鍋に油を熱し、ペーストを加えてきっちり水分が飛ぶまで炒める。水を注いで煮立て、ココナツミルク、ナンプラー、はちみつを加えて5分ほど煮る。エビを加えて火が通るまで煮る。

水野仁輔
水野仁輔(みずの・じんすけ)
カレー&スパイス研究家

 1974年静岡県浜松市生まれ。99年に男性12人の出張料理集団「東京カリ~番長」を結成。各地で食のライブキッチンを開催するほか、世界のスパイス料理やカレーのルーツを探求中。著書は40冊を超え、近著に「水野仁輔 カレーの奥義」(NHK出版)、「スパイスカレー事典」(パイインターナショナル)、「いちばんやさしいスパイスの教科書」(パイインターナショナル)、「幻の黒船カレーを追え」(小学館)など。2016年にスパイスをレシピとともに届ける「AIR SPICE」を設立。