ナツメグでとびきり特別なタマゴサンドを

水野仁輔のスパイスレッスン37

 「最近、卵スプレッドを作ってタマゴサンドを作るのにハマっているの」

 ある友人からのメールにそうあった。近況報告に“タマゴサンド”という意外性のあるワードをぶち込んでくるあたり、なかなかいいセンスの持ち主だな、と思う。まあ、本当にハマっているのなら、センスがあるかないかの問題ではないのだろう。引っかかるのは、“卵スプレッド”というワードのほうである。

 卵スプレッド? いったいなんだろう。プロレスの技みたいな響きだが、丸の内で働く30OLの口からそんな激しい言葉が出てくるとは思えない。きっと、何かすごく素敵すてきな材料のことで、それすらも手作りしているのよ、というちょっとした自慢なのかもしれない。パンチェッタを作ってカルボナーラにするのよね、みたいな。知らぬは一時の恥、とばかりに僕は素直にメールに返信をした。

 「ええと、卵スプレッドって、なに?」

バターとマスタードはよく練って

 メールのやりとりは途絶えたが、卵スプレッドの正体が気になる。最終的に仕上がるのがタマゴサンドというごく一般的な食べ物なのに、途中に難しいアイテムが登場するのが面白い。それだけで何か、ただのタマゴサンドとはまるで違うものになりそうな期待感がある。なるほど。僕は膝を打った。作る過程で何かすごく仰々しいものを差し込むことで、ありきたりに見えるタマゴサンドは生まれ変わるのかもしれない。

 次に彼女からメールが来た時に僕だって特別なタマゴサンドを作っているのだと主張したくなってきた。頭の中でシミュレーションをする。

 君の影響で、先日、タマゴサンドを作ったんだ。

 卵を水から15分間、茹でてね、殻をむいたら黄身と白身に分ける。黄身をスプーンでつぶし、白身を包丁でみじん切りにしてマヨネーズとよく混ぜ合わせる。そこでいいことを思いついた。これにスパイスを混ぜ合わせたら、きっと風味豊かなタマゴサンドになるだろうってね。

 ほら、僕って「思い立ったらすぐ行動!」が信条だろ? だから、やりかけの卵を冷蔵庫にしまって、インドネシアへナツメグの収穫に行くことにしたんだ。

 目的地はスラウェシ島。ジャカルタやスラバヤでトランジットすれば、12時間ほどで行ける。現地にイルワンって同い年のスパイスハンターが待ってくれていてね、空港から車を飛ばしてパダンの南にある山を登ったんだ。

 彼の契約するナツメグ農家の畑に行くと、見知らぬ大きな木がまばらに生えている。そこに梅干しを二回り大きくしたような実がなっている。もうわかるよね、その種がナツメグ。果肉を切り開いてメースと呼ばれる皮をめくり、殻を砕くとナツメグとご対面ってわけ。

 喜んで持って帰ろうとすると、「このままじゃダメだ」という。天日干しの乾燥が必要で最低でも1週間はかかるそうだ。それを聞いた途端、不安になっちゃってね。そういえば、冷蔵庫の卵、大丈夫かなって。

 ちょっと予定より長い旅になったけれど、帰宅した僕はおろし金でナツメグをおろし始めた。ふわーっと爽やかな香りが漂ってきて、思わず目を閉じた。ナツメグはハンバーグに使うので有名だよね? 肉との相性がいいってイメージが強いけれど、実は卵にも合うんだよ。なぜだろう。たんぱく質との相性がいいのかな。

 とにかく僕はタマゴサンドづくりを続行した。片方のパンにはバターとマスタードを混ぜたものを塗り、もう一方のパンには、ブラックペッパーの香りがつくようにする。中心にナツメグがいるから、香りの3層構造、まさにサンドイッチ状態になるんだ。

 彼女の必殺技“卵スプレッド”に対抗するための大まかなストーリーは整った。世界一つくるのが面倒なタマゴサンドである。でもなぁ、これを作るために、わざわざインドネシアを訪れただなんて、信じてくれるだろうか。自作のタマゴサンドをほおばり、モグモグとやると、実においしい。

 卵の甘みにマヨネーズの塩気、バターのコク、マスタードの酸味がいいバランスで混ざり合う。ときどきナツメグの香りが鼻腔びくうをくすぐり、ペッパーの辛みが舌の上に出ては消えていく。

 2切れ目を食べ終わったころ、彼女からメールの返事があった。

 「卵スプレッド知らないの!? ゆで卵をきざんでマヨネーズを混ぜたものよ」

 「え? じゃあ要するにそれは、普通のタマゴサンドの中身ってこと?」

 「そう」

 なあんだ、聞かなきゃよかった……。

◆世界一つくるのが面倒なタマゴサンド
【材料・4人分】
卵スプレッド用
・茹で卵(固ゆで) 4
・マヨネーズ 大さじ2
・ナツメグパウダー 小さじ1/2
バター(常温に戻す) 30g
練りマスタード 大さじ1
ブラックペッパー(粗びき) 小さじ1
パン(サンドイッチ用) 8
【作り方】
 茹で卵をボウルに入れてつぶし、マヨネーズとナツメグを加えてよく混ぜ合わせる。バターとマスタードをよく練ってパンに塗り、卵スプレッドを乗せてブラックペッパーを振り、もう1枚の何も塗っていないパンをかぶせる。ラップしてできれば30分以上置く。パンの耳を切り落とし食べやすいサイズに切る。

水野仁輔
水野仁輔(みずの・じんすけ)
カレー&スパイス研究家

 1974年静岡県浜松市生まれ。99年に男性12人の出張料理集団「東京カリ~番長」を結成。各地で食のライブキッチンを開催するほか、世界のスパイス料理やカレーのルーツを探求中。著書は40冊を超え、近著に「水野仁輔 カレーの奥義」(NHK出版)、「スパイスカレー事典」(パイインターナショナル)、「いちばんやさしいスパイスの教科書」(パイインターナショナル)、「幻の黒船カレーを追え」(小学館)など。2016年にスパイスをレシピとともに届ける「AIR SPICE」を設立。