ナンプラーで南国風に なすのそうめん

水野仁輔のスパイスレッスン33

 「透明なカレーって作れませんか?」

 とあるイベントの質疑応答のコーナーで参加者からそう聞かれたことがある。現時点で僕がそれをできるかどうかを答えるしかないのだから、「できません」と言うしかなかった。

 どうやら、透明なコーヒーとか透明なコーラ?とかが最近、流行しているらしく(そうなんですか!?)、それならばカレーも透明になるんじゃないか、と思ったようだ。

 コーヒーが透明になるのなら、カレーだって透明になりそうな気がする。そういうものは、どこかの企業さんにお願いするのがいいだろう。

 カレーと色については、5年ほど前に出版した「カレーの教科書」という自著の中でデザインカレーという考え方を提案して以来、僕なりに様々なアウトプットをしている。スパイスを使えば仕上がりのソースの色をコントロールできるから、自分がデザインした色味のカレーを作ることができるのだ。

 スペースに余裕がなく詳しく説明できないが、ポイントは、色のつくスパイスとつかない(つきにくい)スパイスを知ることにある。「何色なのか」という観点とは別の「見えるか見えないか」という観点は、とても興味深い。

 見えるスパイスと見えないスパイス。言い換えれば、見える香りと見えない香り。焼き肉はこんがりした焼き色から香りが漂ってくるわけだから、見える香りだ。カレーだって、茶色やオレンジ色から香りが漂ってくる。

 「でもさ、こいつは違うんだよね」と思いながらなすを手に取る。丸のままのなすをオーブンや魚焼きに突っ込んでガンガン焼く。深紫色をした皮がさらに黒くこんがりしたところで取り出し、その皮をすべてむいてしまう。

 食べるときに見えるのは、なすの“身”の色だけれど、口に含むとスモーキーな香りがする。あの香りがたまらない。そう、焼きなすは、見えない香りの代表格と言っていいのかもしれない。

 「じゃあ、これはどう?」とかつお節を手に取ってみる。沸騰した湯に沈めてからしばらく置き、そおっとすと黄金色のスープができあがる。見える香りである。

 「ちょっとしたマジックを見せようか?」と言いながらナンプラーを手に取る。このタイを代表する発酵調味料は“見える香り”。とくとくと注いでだしに混ぜ合わせれば、茶褐色に黄金色がかき消されてしまう。食べればかつおだしは香るのに、見た目にはわからない。見える香りが見えなくなるのだ。

 「ふむふむ、これは面白い」と今度はしょうがを手に取る。すりおろして加えてみるか。焼きなすの上に「しょうがです」といった具合にちょんと乗せれば、しっかりと見える香りになる。ところが、ぎゅっと手で搾った汁のみをナンプラースープに加えたら、しょうがも見えなくなる。

 そこに誰もいないのに独り言をつぶやきながらキッチンに立つのは、僕の悪い癖である。

 「暑いからね、ライムでスッキリさせてみようか」。搾り汁を使えばしょうがと同じく見えない香りとなるのだが、あえて、スライスしてトッピング。すると、濃い緑と薄い黄色が輝かしく、見るからに酸っぱい香りが漂い始める。

 どうのこうのとやっていたら、おいしい冷やしそうめんが出来上がった。

 「あれをトッピングしちゃおうかな」
 「え、やっちゃうの?」
 「いいじゃない、気分でるよ」
 ひとり二役である。バッチリ目に見えるパクチーを刻んでトッピングしたら、南国風味が増した。もっとオーソドックスな和風に仕上げるなら、ナンプラーをしょうゆにすればいい。

 透明なカレーはともかく、見える香りと見えない香りの役割分担を考えながら料理をするという体験は、すごく新鮮なのである。

 つい最近、ある医学博士にインタビューをしたときに面白い見解を聞いた。

 「西洋医学の医者がカレーを作り出したら、玉ねぎを縦に切った時と横に切った時で加熱後に出てくる抽出物を成分分析装置にかけて、どの温度で何分間やったらどんな物質が出てそのパターンがどう変わるかを突き詰める。(中略)そうすると、極端な話、人工的なフレーバーで十分においしいカレーができちゃう。(中略)きっとね、精製された化学成分を混ぜて、カレーライスになっちゃうから……」

 やはり、透明なカレーはいつかできるのだろう。でも、今のところ、僕は、“見た目に美しく食べて美味おいしい料理”のほうがいい。

◆しょうがでスッキリ 焼きなすの冷やしそうめん
【材料・4人分】
 水 1000ml
 かつお節 30g
 なす 5本
 しょうが 2片(30g)
 三温糖 大さじ1
 ナンプラー 大さじ2
 塩 適量
 そうめん 2~3束
 ライム(スライス) 1個
 パクチー(ざく切り) 適量
【作り方】
 鍋に水を入れて沸騰させ、火を止めてかつお節を加え、3分ほど置く。ざるで漉してだしを鍋に戻す。なすは魚焼きグリルで15分ほど焼き、皮をむいて鍋に入れる。しょうがのしぼり汁と三温糖とナンプラーを加えて3~5分ほど煮る。必要なら塩で味を調整する。粗熱を取って冷蔵庫で冷ます。そうめんを茹でて冷水でしめ、器に盛り、だしをかけ、ライムとパクチーを添える。

水野仁輔
水野仁輔(みずの・じんすけ)
カレー&スパイス研究家

 1974年静岡県浜松市生まれ。99年に男性12人の出張料理集団「東京カリ~番長」を結成。各地で食のライブキッチンを開催するほか、世界のスパイス料理やカレーのルーツを探求中。著書は40冊を超え、近著に「水野仁輔 カレーの奥義」(NHK出版)、「スパイスカレー事典」(パイインターナショナル)、「いちばんやさしいスパイスの教科書」(パイインターナショナル)、「幻の黒船カレーを追え」(小学館)など。2016年にスパイスをレシピとともに届ける「AIR SPICE」を設立。