春の終わりを感じる 筍のグリル

水野仁輔のスパイスレッスン26

 指でつぶせるというブラックペッパーをもらった。

 手に取ってみると、ひと粒ひと粒が軽い。親指と人さし指で持ち、そのまま力を入れてみる。すると、プツッと音を立ててブラックペッパーがつぶれた。アリの世界で爆竹が鳴ったらこのくらいかな、というほどかすかな音で、粉々になった黒い破片が指先に付着している。鼻に近づけると豊かな香りが待っていた。

 インドネシア産のこのスパイスは、熟す前のとあるタイミングで摘んで乾燥させたものだという。ブラックペッパーが指でつぶせるというイメージがなかっただけに、ちょっと興奮した。その後、次々と手に取って次々とつぶした。梱包材のプチプチをずっとつぶし続けている子供のように。

 ブラックペッパーを指でつぶしながら思った。こういう原始的な作業も料理の一つなんだよな。ある素材にある手間を加えると、おいしいひと皿ができあがる。素材の質が良ければよいほど、加える手間は少なくてすむのかもしれない。そのもののおいしさを味わえる。旬の素材がおいしいのは、つまり、そういうことなのだ。

 プチプチ遊びをしていただけのはずが、ちょっとだけまじめなことを考えてしまった。

 春がもう、過ぎ去ろうとしている。春に旬を迎える食材を原始的な料理でおいしく仕上げてみたくなった。スーパーに行ってたけのこの水煮をかごに入れる。野菜コーナーをうろうろしてみたら、スナップえんどうがあった。レジの列に並びながら、どうやって料理しようかな、と頭を巡らせる。

 ブラックペッパーが待ち構えているキッチンに着くころには、レシピが決まっていた。

 「今日はね、斬新なひと皿を作るよ」

 「わあ、楽しみ。どんな料理?」

 「15のプロセスで作るんだ」

 「15も!? なんだか面倒くさそうね」

 「そんなことないよ。ひとつずつはとっても単純だから」

 「で、なにをどうするの?」

 そこにいるはずのない架空の誰かと僕はやり取りをする。頭の中でAさんと僕とが掛け合いをするのだ。声色を変えて一人二役。落語じゃあるまいし、声に出したら変態かと思われてしまう。

 「筍とスナップえんどうを使ってね」

 「どうするの?」

 「焼いて、冷まして、むいて、切って、洗って、引いて、でて、さらして、あげて、割って、垂らして、えて、おろしかけて、つぶして、ふりかけるのさ!」

 精いっぱい得意げな感じで僕が言い放つと、ポカンとした顔をされる。そう、そうでなくっちゃ張り合いがない。キッチンに立つ僕は静かに筍を手に持った。

 魚焼きグリルに置いて“焼く”。たまたま皮つきで手に入ったから、皮のついた下面からしっかり火が入るよう、下火を強く、上火を弱く設定した。焼きあがると「ふーふー」と“冷まして”から、皮を“むき”。そして、小さめのひと口大に“切る”。

 スナップえんどうはさっと“洗う”。スジをピーッと“引く”。ヘタを切り取ったら、たっぷりの塩を入れたお湯で“茹でる”。水に“さらす”。ざるに“あげる”。両手に持って真ん中から真っ二つに指で“割る”。色鮮やかでツヤッツヤの豆がコロンコロンと登場した。

 ボウルに入れて、オリーブ油を“垂らす”。全体をざっとそっと“和える”。器に盛ってハードタイプのチーズを“おろしかける”。さあ、最後の最後にブラックペッパーの登場だ。“つぶす”。そして、“ふりかける”。完成。

 筍の香ばしい風味とえんどうの優しい風味が、荒々しいブラックペッパーの刺激で引き立っている。チーズとオリーブ油で適度にコクと滑らかさが加わっていい。予想通り、旬の素材を使ってシンプルな手間をかけた料理はとってもおいしい。何度も作りたいレシピになったから、名前を付けておくことにしよう。筍とスナップえんどうの焼き、冷まし、むき、切り、洗い、引き、茹で、さらし、あげ、割り、垂らし、和え、おろしかけ、つぶし、ふりかけ。

 「ねえねえ、この前のあれ、作って」

 「あれって、どれ?」

 「筍とスナップえんどうの焼き、冷まし、むき、切り、洗い、引き、茹で……」

 なんだか、寿限無じゅげむ寿限無……みたいだな。

◆筍とスナップえんどうのオリーブオイル和え
【材料】
 筍(水煮) 1/2本
 スナップえんどう 10本
 オリーブ油 大さじ2
 チーズ 適量
 ブラックペッパー 小さじ1~2
 塩 少々
【作り方】
 塩を振った筍を魚焼きグリルにのせ、強めの火力で10分ほど焼く。皮をむき、小さめのひと口大に切る。スナップえんどうをたっぷりの塩を入れたお湯で茹で、ざるに上げてさやを割っておく。 ボウルに筍とスナップえんどうを入れてオリーブ油をまわしかけ、和える。器に盛ってチーズをおろしてかけ、粗くつぶしたブラックペッパーをふりかける。

水野仁輔
水野仁輔(みずの・じんすけ)
カレー&スパイス研究家

 1974年静岡県浜松市生まれ。99年に男性12人の出張料理集団「東京カリ~番長」を結成。各地で食のライブキッチンを開催するほか、世界のスパイス料理やカレーのルーツを探求中。著書は40冊を超え、近著に「水野仁輔 カレーの奥義」(NHK出版)、「スパイスカレー事典」(パイインターナショナル)、「いちばんやさしいスパイスの教科書」(パイインターナショナル)、「幻の黒船カレーを追え」(小学館)など。2016年にスパイスをレシピとともに届ける「AIR SPICE」を設立。