「好きな野菜はなんですか?」
「芽キャベツです」
そういう40代の男がいたら、変な人だと思われるのだろうか。でも好きなのだから仕方がない。あのキャベツらしい風味がぎゅっと濃縮されたような味わいは、とっても贅沢なものを口にしているような感覚になっていいものだ。
幼いころ、あれは、キャベツがキャベツに成長する前の状態のものだと思い込んでいた。だって名前は、キャベツの芽なわけだし。最近では、ブロッコリースプラウト(ブロッコリーの新芽)みたいなものもスーパーで見かけるようになったから、今でも似たような思い込みをしている人は多いんじゃないか、と思う。
キャベツと芽キャベツが違うものだと知ったのはいつのことか思い出せないが、とにかく違う。アブラナ科アブラナ属であることは共通しているが、一般的なキャベツのように主軸の芽が結球するのではなく、次々と出る葉の付け根の芽が結球する。すなわち、1本の株から50個もの芽キャベツがなるのだ。
「芽キャベツのどこが好きなんですか?」
「その造形美です」
そんな風に答えたら、「?」と首を傾げられるのだろうか。芽キャベツ畑を見たことがある。衝撃を受けた。空に向かって伸びた1メートルに満たない1本の株に小さな緑色のゴルフボールがびっしりくっついているような。「美しい」と僕は思ったのである。気になる方は画像検索をしてみてほしい。
なぜ、こんなにも芽キャベツの話ばかりするのかといえば、旬が終わろうとしているからだ。芽キャベツがとれるのは、11~3月あたり。冬だと言われている。もう、終わってしまう。もうすぐ、スーパーでおいしい芽キャベツに出会えなくなる。
ちょっとアクがあるから下茹でして調理に使うのがオススメだが、面倒だから、僕はいつも蒸し焼きにする。フライパンにオリーブ油をちょっとたらし、半分に切った芽キャベツの断面をピタリとなべ底にくっつけて並べる。塩をふってふたをして中火~強火で蒸し焼き。これだけでうまい。少し香りと彩りを加えるために、乾燥したタイムを一緒に加えることにした。タイムは肉や魚の臭み消しに使われることもあるヨーロッパのハーブだ。
このまま食べてもいいのだけれど、今回はもう少しだけアレンジしてみたい。
「好きな魚介類はなんですか?」
「タコです」
そういう女性がいたら、変な人だと思われるのだろうか。僕なら好意を抱いてしまうだろう。
「タコのどこが好きなんですか?」
「その造形美です」
そんな風に答えたら、誰もが同意してくれるに違いない。味もうまい。そして、何より、食感がいい。茹でダコを小さめに切り、芽キャベツと合わせる。タコのキュッとしまった歯ごたえと蒸し焼きにした芽キャベツの柔らかい食感とのコントラスト。
この二つをつなぎ合わせるのは、オリーブ油、ワインビネガー、ブラックペッパー、そして、またもタイム。塩と一緒によく混ぜ合わせればドレッシングになるのだが、ざっと合わせる程度でもOK。マリネに使うのだ。
マリネ液を身にまとうタコとマリネ液を吸いこむ芽キャベツ。冷蔵庫でしばらく寝かせ、冷やそう。せっかくなら誰かと一緒に食べたい。ディナーの前菜になるし、ワインのつまみにもなるし、朝ご飯にしてもいい。とにかく出番がやってくるまでは冷蔵庫にいるべきだ。
「タコタイム! さ、タコの時間だ」
そう言ってサーブしたら、変な人だと思われるだろうか。思われるよね、確実に。
「タコにタイムだよ。語呂がいいじゃない。その言葉の造形美が……」
とかなんとか言っても、誰も納得してはくれないだろうな。
◆タコのマリネ タイム風味
【材料】
タコ(茹で・刺し身用・薄い乱切り) 120グラム
ミニトマト(半分に切る) 80グラム
芽キャベツ(半分に切る) 80グラム
タイム 小さじ1/2
ブラックペッパー(粗びき) ふたつまみ
オリーブ油 大さじ2
白ワインビネガー 大さじ1強
塩 少々
【作り方】
フライパンに少量のオリーブ油を熱し、半量のタイムを炒め、芽キャベツの断面を下にして並べ、ふたをして蒸し焼きにする。火が通ったら粗熱を取っておく。ボウルにオリーブ油、ワインビネガー、ブラックペッパー、残りのタイム、塩を加えてよく混ぜ、芽キャベツ、ミニトマト、タコをよく混ぜ合わせる。冷蔵庫で冷やす。