ありのままを味わう 牛ステーキ

水野仁輔のスパイスレッスン22

 霜降りの牛肉にココロ惹かれなくなったのは、いつごろからだろうか。少なくとも3~4年は経つと思う。年齢のせいだろうか。先月、僕は44歳になったから、そう考えたら40歳を過ぎたころから脂肪分たっぷりの肉を避けるようになったのかもしれない。別に健康に配慮しているつもりはない。

 霜降り牛肉のステーキは、ひと口目、ふた口目はいまだに抜群にうまいと思う。でも三口目くらいから「これ、うまいのかな」なんて余計な考えが頭をよぎってしまうのだ。いや、確実にうまいだろうと思う。牛肉は何も変わっていない。変わってしまったのは僕の味覚の方なのだ。

 おそらく、時を同じくしてここ数年、赤身肉ブームがやってきている。これはいつも思うことなのだけれど、気づけば流行を追いかけている自分がいて恥ずかしい。かつては、「たいてい僕が注目すると、少し経ってブームが来るんだよな」なんて思っていた時期があったのだけれど、それが大いなる勘違いであることを僕はもう知っている。

 ともかく、赤身肉というのは、安いばかりでなく上手に焼けば抜群にうまくなるわけだから、それを知ってしまったらやめられない。

 ステーキを焼こう。スーパーに行き、かたまりで売っている赤身肉を買ってくる。焼く前にすることは、常温に戻すことだ。指先で触って3秒から5秒程度、「冷たい」という感触がなくなればいい。塩こしょうはふらない。今回のステーキは、「にんにく+わさび+しょう油」というチームでおいしく仕上げたいからだ。

 にんにくの香りを移した油を熱々にして肉を置く。ジューッとかジャーッとか音を立てて肉が焼かれ始める。2.5センチ程度の厚みなら、表を3分、裏を3分ほど焼く。

 どちらが表でどちらが裏かを気にする必要はない。でも、キッチンタイマーはあったほうがいいかな。両面がこんがりとおいしそうに焼けたらフライパンから取り出し、アルミホイルで包んで12分間置く。

 別に科学的な根拠があるわけじゃないのだが、焼いた時間の倍の時間ホイルに包み置くと認識しておけば覚えやすい。空いた鍋でソースを作る。

 肉にはにんにくの香り、ソースにはワサビの香りと辛味。前から後ろからいい香りに挟まれたら、赤身肉もさぞかし幸せだろう。どちらが前でどちらが後ろかを気にする必要はない。肉質はジューシーでやわらかく、でも適度に歯ごたえも残っている。牛肉らしい風味を味わいたいなら、これがいいと僕は思う。

 昔から肉は好きだ。20代の前半は、ある友達と焼肉同盟を作り、東京都内の有名店を片っ端から食べ歩いていたことがある。週3日のペースで食べまくった時期もあった。あるとき、僕らが好きだった焼き肉店のオーナーが雑誌に出ていたのを友達が見つけた。

 「水野、あの雑誌、読んだ?」

 「いいや。どうしたの?」

 「○○焼き肉店の□□代表が出てるんだよ」

 「うそ!? なんか言ってた?」

 「肉の質を見極めるために毎朝トレーニングしてるんだって」

 「まじ!? かっこいいー!」

 僕らもあの頃は若かった。当時の□□代表は今の僕と同じくらいの年齢だ。霜降り肉を敬遠してしまうなんて女々しいことを言っている場合じゃない。僕はトレーニングが足りないんだろう。でもなぁ、赤身肉のステーキを食べてしまうと、「まあ、今のままの自分でもいいか」と思ってしまうよなぁ。

 

◆牛赤身肉のステーキ わさび醤油
【材料】
牛ランプ肉(もしくは他の部位・赤身の塊) 350グラム
植物油 小さじ2
にんにく(スライス) 1片
わさび 小さじ1/2
しょう油(薄口) 大さじ1
塩 少々
クレソンなど(あれば) 適量
【作り方】
 牛肉を冷蔵庫から出し、30分ほど置いて常温に戻す。フライパンに油を中火で熱し、にんにくをこんがりするまで炒めて取り出す。強火にして肉を加えて両面を各3分ほど焼く。肉を取り出してホイルに包んで12分おく。空いたフライパンにしょう油とワサビを加えて煮詰め、ソースにする。

水野仁輔
水野仁輔(みずの・じんすけ)
カレー&スパイス研究家

 1974年静岡県浜松市生まれ。99年に男性12人の出張料理集団「東京カリ~番長」を結成。各地で食のライブキッチンを開催するほか、世界のスパイス料理やカレーのルーツを探求中。著書は40冊を超え、近著に「水野仁輔 カレーの奥義」(NHK出版)、「スパイスカレー事典」(パイインターナショナル)、「いちばんやさしいスパイスの教科書」(パイインターナショナル)、「幻の黒船カレーを追え」(小学館)など。2016年にスパイスをレシピとともに届ける「AIR SPICE」を設立。