年の終わりに時を忘れる鶏と大根のポトフ

水野仁輔のスパイスレッスン19

 今年も終わりが近づいている。日本中のどこもかしこも、こんなセリフが飛び交っているだろう。

 「今年も早いね」

 「あっという間だよ」

 過ぎ去りし日を思い返すとき、「時間が経つのが早い」と感じるあの不思議な感覚はいったい何なのだろうか。これから始まることは、「長くかかりそうだな」とか思ったりするのに終わってしまうとそうでもない気がするのだ。もしかしたら、時間という概念は、平等に流れているものではなく、意識の持ち方次第で変わるのかもしれない。

上から時計回りに、ターメリックパウダー、カルダモンパウダー、クミンシード

 出来上がりに長時間かかる料理を作ろうとするとき、「大変だな」という気持ちがよぎる。でも、完成してしまえば、「大変だった」という気持ちは忘れてしまう。この「料理前」と「料理後」をつなぐプロセスが簡単であればあるほど、「大変」という印象は薄まる。鍋に張り付いて玉ねぎをいため続けなければいけない1時間は思い出したくないかもしれないが、火にかけてふたをして放っておけばいい1時間なら、何度やってもいいと思える。だから、僕はこの現象を特に煮込み料理に応用することにしている。

 キッチンの冷蔵庫を開けると、この時期、にんじんやダイコンなどの野菜が残っていたりする。冷凍庫を開けるとずいぶん前にしまい込んだ手羽先がコチコチになっていたりする。そんなときは、しめたものだ。冷凍した食材の解凍は常温で放置すればいい。

 スパイスを準備してバターで炒め、手羽先を加えて表面を焼き、適当に切った野菜たちを放り込む。キャベツやしいたけがあれば、それも入れていい。水を加えて煮立てたら、弱火にする。ここから先は何もしなくていい。

 「時が経つのを忘れる」という現象がある。何かに夢中になっていると、あっという間に時間が過ぎている。心地よい。その昔、僕は、ある編集者と“どれだけ時間を忘れられるか”で対決したことがあった。締め切りまでに膨大な原稿量を抱え、どうにもならなかったときに、売れっ子小説家よろしく、2泊3日でホテルに缶詰めになったことがあった。そうでもしなければ、本当に間に合わなかったからだ。

 奇しくも、同じタイミングで全く別の新刊の構成やラフを描く作業に取り掛かっていた彼女と、たまたまメールで連絡を取った。そこから数時間ごとに、どこまで進んだかを競争する。作業の内容が違うのだから、進捗しんちょくの対決ではなく、集中力の対決のようになった。

 3日目に差し掛かったとき、僕は負けを悟った。こんなメールが来たからである。

 「気がついたら朝だった」

 煮込み料理というのは便利な料理で、こちらが何かを働きかけなくても鍋と火がせっせと仕事をし続けてくれるのだ。その間、僕たちはキッチンにいる必要すらない。近くのテーブルでパソコンに向かっていてもいいし、スツールやソファに座って本を読んでいてもいい。何かに夢中になっていれば、あっという間に1時間くらいは経つ。

 タイマーがピピピッとなったとき、充実した時間から現実に戻った僕たちは、ほのかにスパイシーな香りの漂う鍋に近づく。手羽の出汁だしと大根の風味が引き立ったポトフができあがっているんだ。誰かに食べてもらうときには、胸を張ってこう言おうじゃないか。

 「冷蔵庫の余りものを使ったんだけどね、1時間も丁寧に煮込んだんだよ」

 丁寧な仕事をしたのが本当は自分じゃない、ってことは明かさなくてもいいと思う。

◆鶏と大根のポトフ クミン風味
【材料】
バター 20グラム
スパイス
 ・ターメリックパウダー 小さじ1/2
 ・カルダモンパウダー 小さじ1
 ・クミンシード 小さじ1/2
塩 小さじ1/2
手羽先 4本
大根(乱切り) 150グラム
にんじん(乱切り) 150グラム
湯 400ミリ・リットル
生クリーム(あれば) 大さじ1
【作り方】
 鍋にバターを熱し、クミンシードと手羽先を加えてさっと炒め、その他のスパイスと塩を加えてさらに炒める。大根とにんじん、湯を加えて煮立て、弱火でふたをし、1時間ほど(30分でも可)煮込む。仕上げに生クリームを混ぜ合わせる。

水野仁輔
水野仁輔(みずの・じんすけ)
カレー&スパイス研究家

 1974年静岡県浜松市生まれ。99年に男性12人の出張料理集団「東京カリ~番長」を結成。各地で食のライブキッチンを開催するほか、世界のスパイス料理やカレーのルーツを探求中。著書は40冊を超え、近著に「水野仁輔 カレーの奥義」(NHK出版)、「スパイスカレー事典」(パイインターナショナル)、「いちばんやさしいスパイスの教科書」(パイインターナショナル)、「幻の黒船カレーを追え」(小学館)など。2016年にスパイスをレシピとともに届ける「AIR SPICE」を設立。