おしゃれになりたい豚バラ肉と僕

水野仁輔のスパイスレッスン17

 肉の中で豚肉が一番好きなのは、“豚肉の生姜焼き”というメニューがあるからだ。“とんかつ”もなかなかだけれど、生姜しょうが焼きにはかなわない。

 じゃあ、豚肉の中でどの部位が一番好きか?と聞かれたら、「肩ロース」と即答する。即答しながらも、「本当は豚バラかもな」という気持ちが頭をかすめるのだ。肩ロースか豚バラかは悩ましい問題だ。肩ロース肉は赤身と脂身のバランスがよく、ただ塩こしょうをふって焼くならダントツに味わい深いと思う。でも、豚バラ肉の「どうだ!」と言わんばかりのあの真っ白な脂身にも強くかれるのだ。

 僕はもう気が付いている。きっと僕が表向きに「肩ロースです」というのは、ちょっとだけ格好つけようとする自分がそうさせているのだ、と。「豚バラ最高!」だなんて、ちょっとダサいじゃないか。バラ肉には申し訳ないけれど、なんとなく頭がよさそうに聞こえない。

 ときにはインテリぶった自分を捨てて、開き直ってみたくなる。豚バラ肉で何が悪い! 脂身がうまいんだ。ご飯が止まらない。薄切りならどのスーパーでも売ってるし、値段も安いんだぞ。食べることに罪悪感があるんなら、スパイスで払拭すればいい。そう言えば、生姜焼きのおいしさの鍵を握っているのは、生姜というスパイスだ。生姜焼きというくらいなんだから。

 今から15年ほど前のことだろうか。豚バラ肉のカレーを撮影したことがある。ブロック肉を大きめに切って、皮面(脂身の側)から焼いて、しっかり出てきた油脂分を使って玉ねぎをいため始めると、料理に精通したカメラマンが横でうなった。

 「おお、豪快ですね」

 その言いっぷりにほんの少しだけ非難のニュアンスを感じて突っ込んでみた。

 「こういうこと、あんまりしないんですかね? 豚の脂、甘くて好きなんですけど」

 「いや、いいじゃないですか。おいしそう。でも、中国料理とかだとさっとでたり蒸したりして、余計な脂分を捨ててから調理したりしますよね」

 な、に!? こんなおいしい脂分を捨てるって? あの会話はいまだにふとしたときに思い出す。なんてオトナな行為なんだろう。一番わかりやすい魅力を放棄するなんて。ハンサムなやつが「男は顔じゃないよね」とか言ってるみたいで、少々鼻につくけれど、格好いいなとあのとき僕は感激したのだ。

 その後、僕も経験を積み、油脂分は酸化する可能性が高いことや、つくりたい料理によって、どの部分の油脂分をどの量使うべきかは設計するようになったけれど、下準備で油脂分を捨てるというプロセスの潔さを教わった貴重な体験だった。

 豚ばら肉の薄切りをさっと塩茹でしてざーっとこぼし、肉をざるに上げる。このプロセスを踏むことで、スパイスの香りを楽しみやすくなる。オトナになった僕がたどり着いたひとつの手法だ。

 ここで落とした脂分の代わりにパプリカの香ばしい香りを移した“香り油”とフレッシュな生姜や紫玉ねぎの風味を合わせていく。レモン汁の酸味でビシッとむちを入れれば、うますぎる豚バラ肉をうますぎないバランスのよい一品に仕上げることができるのだ。

 さて、この料理にどんな名前をつけようか。生姜は使ったが焼いていないから「生姜焼き」ではない。ちょっとだけ背伸びして、「ポークジンジャー」と呼んでみる。おお、いい感じ。しかも冷製をくっつけたりなんかして。さらにパプリカ風味。ほら、なんかちょっと頭よさそうだ。よそ行きのお洒落しゃれな服を着た感じになった。

 ああ、やっぱり僕はどこかで格好つけたいんだな……。

◆冷製ポークジンジャー パプリカ風味
【材料】
豚ばら肉(しゃぶしゃぶ用) 200g
湯 1500ml
塩 大さじ2
しょうが(千切り) 2片
レモン汁 1/2個分
パプリカパウダー 小さじ1
サラダ油 大さじ2
紫玉ねぎ(スライス) 小1個
【作り方】
豚肉は分量の塩と湯でさっと茹で、ざるに揚げておく。ボウルにレモン汁と生姜、パプリカパウダーを加えてよく混ぜておく。フライパンで油を熱し、熱々になったらボウルに注ぎ、よく混ぜる。豚肉を加えて混ぜ、紫玉ねぎを加えてさらに混ぜ合わせる。

水野仁輔
水野仁輔(みずの・じんすけ)
カレー&スパイス研究家

 1974年静岡県浜松市生まれ。99年に男性12人の出張料理集団「東京カリ~番長」を結成。各地で食のライブキッチンを開催するほか、世界のスパイス料理やカレーのルーツを探求中。著書は40冊を超え、近著に「水野仁輔 カレーの奥義」(NHK出版)、「スパイスカレー事典」(パイインターナショナル)、「いちばんやさしいスパイスの教科書」(パイインターナショナル)、「幻の黒船カレーを追え」(小学館)など。2016年にスパイスをレシピとともに届ける「AIR SPICE」を設立。