ソウルフード「おさくら」をキノコと大葉で

水野仁輔のスパイスレッスン14

 ときどき、無性に食べたくなるご飯がある。名前は、「おさくら」と言う。これを東京で友人に話すとほとんどの人がキョトンとする。「なぜ知らないんだ!」と、憤りたくなるが、ちょっと調べてみたら、この炊き込みご飯は、僕の生まれ故郷、遠州地方(静岡県浜松市)特有のものらしい。
 秋に桜のご飯かよ、と突っ込まないでほしい。おさくらは、別に桜の花びらを使うわけではないし、年中、いつ食べてもうまい。しかも、驚くほど簡単だ。日本の炊き込みご飯でこれ以上シンプルなものはないかもしれない。だって、ご飯を炊くときに、酒としょうゆを混ぜるだけだから。 確かそうだったはず、と実家に住む母親にメールで確認してみた。
 「おさくらって、酒としょうゆで作るんだったよね?」
 「そうです」
 たった4文字のシンプルな返事だった。返事もシンプルならレシピもシンプル。それ以上でもそれ以下でもない。それなのに、なぜ、あんなにおいしいんだろう。
 母親に料理のことを尋ねて、思い出したことがある。もう15年近く前、読売新聞の取材で「水野さんが料理をするようになったキッカケはなんですか?」的な質問に対して、シンプルに答えた内容がそのまま記事になった。
 「母親が料理の嫌いな人だったので」
 これを読んだ母親に、「失礼しちゃうわ!」と言われた。確かに料理が嫌いだったわけではないだろう。おふくろの味的な思い出せる料理はたくさんある。ただ、記憶とは不思議なもので、何かすごく偏ったことが頭の片隅に居座り続けていたりするものだ。 幼い頃、とにかくたくさん食べた僕は、よく夕食が足りないと不満を漏らした。すると、母親はこう反論した。
 「私は母親として、今夜の夕食に作るべき料理は作った。それでも足りないなら、自分で作りなさい」
 いつもそう言っていたかどうかはわからない。たった一回のセリフだったのかもしれない。それでも僕には強烈な印象が残った。ただ、僕は、不満を感じることはなく、台所に立って自由に料理をできる許可をもらったことがうれしくて、夕食の後半によく自分で料理を作った。料理と言ったって、目玉焼き程度である。 シンプルにおさくらを作って食べるのもいいけれど、スパイスという魅力的なアイテムを手にしてしまっている僕は、少しだけアレンジして炊き込むことにした。大葉(シソ)を添えるのだ。夏に旬を迎える大葉だが、今はハッキリ言っていつでも新鮮なものが手に入る。 秋におさくら、秋に大葉。ちょっとだけ秋に申し訳ないと思ったから、しいたけを入れることにした。そして、極めつけはメース。メースとはナツメグの外側を覆っている皮のようなスパイスで、これを少し加えてご飯を炊くだけで、ツンとした香りが生まれ、白米の甘味が引き立つ。最近の僕はこればっかりやっている。
 ただ、メースはとてもマニアックなスパイス、なかなか手に入らないので、ナツメグパウダー(ほんのふたふり程度)で代用してもいい。炊きあがったおさくらに、大葉のスッキリした風味のアクセントが加わると、おかずのいらない一品になる。
 誰にでもできるスパイス料理だ。家族の食事が終わる頃、ひとりで台所に立っていた幼き自分に教えてあげたかったなぁ。

◆おさくらごはん 大葉のせ
【材料・3~4人分】
大葉(細切り) 10枚程度
しいたけ(細切り)2個
メース(あれば)ふたつまみ
米 2合(といでおく)
水 360~370㍉・㍑
調味料
 ・日本酒 大さじ2杯
 ・しょうゆ 大さじ2杯
 ・みりん(省略可)大さじ1杯
【作り方】
 大葉以外の材料をすべて鍋に入れ、20分ほど置いて、炊く。器に盛りつけ、大葉を添える。

水野仁輔
水野仁輔(みずの・じんすけ)
カレー&スパイス研究家

 1974年静岡県浜松市生まれ。99年に男性12人の出張料理集団「東京カリ~番長」を結成。各地で食のライブキッチンを開催するほか、世界のスパイス料理やカレーのルーツを探求中。著書は40冊を超え、近著に「水野仁輔 カレーの奥義」(NHK出版)、「スパイスカレー事典」(パイインターナショナル)、「幻の黒船カレーを追え」(小学館)など。2016年にスパイスをレシピとともに届ける「AIR SPICE」を設立。