旬の食材は、手をかけなくてもおいしくいただける。焼いただけ、蒸しただけ、塩を振っただけでおいしくなるものはいくらでもある。問題は、旬を過ぎたときに食べたくなったらどうしたらいいのか、である。
たとえば、アサリの旬は、春と秋だと言われている。地元の浜辺が潮干狩りで盛り上がるタイミングを考えれば想像がつく。すなわち梅雨明けのこの時期は、あさりはすっかり旬が過ぎているのだ。ところが、これから日に日に暑さが増し、海でも行きたいなぁ、という気分が盛り上がってくるのだから、浜辺で取れるアサリが食べたくなっても不思議ではないわけだ。
さて、困った。食べたい。でも、旬は過ぎている。そんなときは、スパイスの出番である。スパイスのすごいところは、その香りで素材の味わいを引き立てる力を持っている点だ。
パウダースパイスの3種の神器を紹介したい。ターメリック、レッドチリ、コリアンダーである。 ターメリックはウコン。鮮やかな黄色が特徴的だから、色付けのスパイスと呼ばれ、胃腸を始め体の調子を整える役割があるとも言われている。
レッドチリは、カイエンペッパーと呼ばれる商品がメジャーだが、唐辛子の粉だ。とにかく辛い。ただ、辛いだけでなく、その奥に香ばしく甘い香りが漂うのが特長。
コリアンダーは、今はやりのパクチー(香菜)の種。これを乾燥させてひいたものだ。適度に甘くすっきりと爽やかな香りがある。僕はこのコリアンダーがスパイスの中で一番好きかもしれない。調和のスパイスと僕は呼んでいて、数種類のスパイスを混合するときには、コリアンダーを多めに混ぜ合わせると全体のバランスを取りやすい。
これら3種の神器(と僕が呼んでいる)は、一定の比率で混ぜ合わせると、なんと、カレーの香りになる。たった3つで。バランスは、黄色(ターメリック)と赤色(レッドチリ)をちょっとずつ、茶色(コリアンダー)をたっぷり。「黄色、赤色、茶色」を「パッ、パッ、ドサッ」みたいな感じで覚えておくとよい。
旬が過ぎていたって、アサリはアサリ。アサリに罪はない。砂抜きしてニンニクと一緒にさっと炒めたら、スパイスを混ぜ合わせよう。3色のスパイスをからめ合わせていくと、アサリが生き生きとよみがえっていくようだ。
日本酒を加えてふたをする。アサリを調理する時にはいつも思うのだけれど、この瞬間はとってもワクワクする。だって、“鍋のふたをする”と“アサリのふたが開く”のだから。ときどきふたの開かないやつもいるけれど……。最後のココナツミルクを加えて煮る。
この料理、アサリのだしとココナツのコクが相まってとにかくうまい。
実は、もとはといえば、僕の得意料理である「アサリのカレー」が出発点になっている。つい最近も、仲間たち4人で複数種類のカレーを作り、150名ほどを招いてイベントを開催したときに披露した。ワイワイガヤガヤと会場で楽しんでいると、1人の女性が近づいてきて、そっと耳元でささやいた。
「今日はいろんなカレーを食べましたが、私は、アサリのカレーがダントツに好きでした」
これは内緒ですけど、みたいな雰囲気で。酒に酔っていたせいもあるのか、僕はうれしくて舞い上がってしまった。別に僕のことを好きだと言ってくれたわけではない。アサリのカレーが好きだと言ってくれただけなのに。
でも、実は、そんな女性客が何人もいて、「レシピを教えてください」という声もあった。カレーのレシピはちょっと大変だから、誰でも簡単にできるココナツ煮にアレンジしてみることにした。きっと女性が好きな味。「おいしかった」と誰かにそっと伝えたくなる味。
「旬を過ぎた素材をおいしくしてこそ、スパイス料理である!」なぁんちゃってね。
◆3つのスパイスで作るアサリのココナツ煮
【材料】
オリーブ油 大さじ1杯
ニンニク(みじん切り) 小1片
アサリ(砂抜きする) 250g
パウダースパイス(ターメリック小さじ1/4杯、レッドチリ小さじ1/4杯、コリアンダー小さじ1杯)
塩 小さじ1/4杯
日本酒(もしくは白ワイン) 大さじ4杯
ココナツミルク 200ml
レモン汁(あれば) 少々
オリーブ油 大さじ1
ニンニク(みじん切り) 小1片
【作り方】
鍋に油を熱し、ニンニクをこんがりするまで炒める。アサリを加えて混ぜ合わせ、パウダースパイスと塩を加えてからめる。日本酒を注いでふたをし、アサリのふたが開いたらココナツミルクを加えてさっと煮る。あれば、レモン汁を加えて、混ぜ合わせる。