賞味期限ギリギリを救う生ハムと花椒香るスープ

水野仁輔のスパイスレッスンVol6

◆花椒(ホアジャオ)がピリリと香るスープ
【材料】
生ハム(ベーコン)50g
長ねぎ 1/2本
オリーブ油 小さじ1杯
しょう油 少々
湯 600ml
花椒 適量
【作り方】
鍋に油を熱し、細かく切った生ハムを加えて脂が出るまで炒め、斜め切りの長ねぎを加えてさらに炒める。しょう油を加えて香ばしい香りをつけて湯を注ぎ、弱火で15分ほど煮る。器に盛って、花椒を散らす。

 ある紳士から、ずいぶん上等な生ハムの塊をいただいたことがある。包丁で慎重にスライスして味見する。きれいに薄切りできるわけではないから見た目は悪いが、うまい!レストランで出てくるよりもフレーバーがいいのだ。こんなものをひとり占めしてはイケナイ。友人が集まるパーティなどのたびに切って、ワインと一緒に楽しんだ。

 とはいえ、そんなに頻繁に友人がやってくるわけではない。半年の賞味期限はあっという間にやって来た。それでもしぶとく僕は生ハムを食べ続けたが、1か月が過ぎ、3か月が過ぎ、半年が過ぎるとさすがに風味が落ちてくるのがわかる。“生”で食べる“ハム”としては、そろそろこのあたりで限界かもしれない。さて……と、悩む。もともと味のポテンシャルは十分な生ハムだ。何か別のおいしい料理に変身させることはできないか。

 そのとき、紳士が残していった言葉をふと思い出した。

 「賞味期限が来たらさ、スープにでもするといいよ」

 スープ、スープ、スープ。干からびかけた生ハムの風味がするスープを頭に浮かべ、ひらめいたのが実山椒みざんしょうだった。実山椒のおいしい季節である。熟していない状態の緑色の実が出回る。あの爽やかな香りとシャープな辛みはたまらない。ちりめん山椒が有名だが、ハッキリ言って何に加えてもおいしくなってしまう。

 浜松で生まれ育った僕は、山椒といえば、粉山椒をうなぎのかば焼きにふりかけるくらいの経験しかなかった。粉山椒の旬は秋。実が熟した後に割れた果皮を乾燥させ、粉状にしたもの。あれはあれで好きだが、初夏の頃に実山椒を初めて食べたときの喜びは大変なものだった。ああ、実山椒が食べたい。京都へ行けばスーパーでも安く大量に手に入ることがあるが、東京ではそれほどメジャーではないのが残念。食べたいからといってどこでも手に入るわけではない。だから、偶然どこかで出会う実山椒に期待を寄せながら、あの爽やかな風味を頭の片隅にしまって日々を過ごしてきた。

 ところが……。そう、残念なことに実山椒は自宅にはないのである。キッチンのスパイス棚を見回すと、花椒(ホアジャオ)が目に入った。四川の山椒だ。秋に熟した実がはじけて黒い種が現れるようになった頃、果皮を乾燥させたもの。四川をはじめ中国料理では、ピリピリとした独特の“シビレ”を演出するスパイスで僕の大好物である。日本では麻婆豆腐や担々麺に使われることで有名だ。これでいこう。

 細かく切った生ハムを炒め、長ねぎを加えてしょう油で風味をつけ、湯を注いで煮込む。料理と言えないほど適当な作業である。こんなことだけで鍋中はあっという間においしそうなスープができあがる。包丁の腹でつぶした花椒をぱらぱらと加えて飲んでみた。

 適度なうま味のある風味豊かなスープ。ときどき口の中で花椒がピリリと静かに暴れ出す。このスープは、生ハムじゃなくてもいい。ベーコンやソーセージなど、冷蔵庫の片隅で中途半端に残ってしまったようなものを刻んで炒めればできるから。とはいえ、花椒ではなく実山椒があれば、もっとおいしくなるのになぁ。

 そういえば、あの紳士はこんな言葉も残してたっけ。

 「本当に欲しいものは手に入らないほうがいい」

 いや、彼は、そんなことは言っていない。僕が勝手にそうやって自分で自分を納得させようとしているだけなのだ。

◆花椒がピリリと香るスープ
【材料】
生ハム(ベーコン)50g
長ねぎ 1/2本
オリーブ油 小さじ1杯
しょう油 少々
湯 600ml
花椒 適量
【作り方】
鍋に油を熱し、細かく切った生ハムを加えて脂が出るまで炒め、斜め切りの長ねぎを加えてさらに炒める。しょう油を加えて香ばしい香りをつけて湯を注ぎ、弱火で15分ほど煮る。器に盛って、花椒を散らす。

水野仁輔
水野仁輔(みずの・じんすけ)
カレー&スパイス研究家

 1974年静岡県浜松市生まれ。99年に男性12人の出張料理集団「東京カリ~番長」を結成。各地で食のライブキッチンを開催するほか、世界のスパイス料理やカレーのルーツを探求中。著書は40冊を超え、近著に「水野仁輔 カレーの奥義」(NHK出版)、「スパイスカレー事典」(パイインターナショナル)など。2016年にスパイスをレシピとともに届ける「AIR SPICE」を設立。