恋の悩みを忘れるパセリのディップ

水野仁輔のスパイスレッスンVOL1

 パセリを見ると、いつも思い出す年上の友人男性がいる。もう15年くらい前になるのかな、一緒に寿司屋に行ったときのことだ。彼は店内にいた他の客席の女性を見て、突然、昔つきあっていた彼女の話をし始めた。顔が似ているとかいう理由で。後悔しているのか、やり直したいのか、とにかくまだ未練があるような感じだった。

 僕は、正直言ってこの手の話が苦手で、ちょっと退屈だなぁ、と思いながら気のない相づちを繰り返していた。彼にとって話し相手はもう誰だってよくなっているみたいで、ずっとしゃべり続けている。

 そこへすっと大将の手が伸びてきた。皿にはハマグリがのっていて、表面が黄緑色に染まっている。「オーブンで焼きました」

 そう言われて口にし、2人で顔を見合わせる。何がどうなっているのかわからないが、あまりの豊かな風味に会話が止まった。「この緑色のペースト、なんですか?」「パセリですよ」「ええ!?パセリ!?」

 パセリというのは、もしかしたら、もっとも粗末な扱い方をされているスパイスなのかもしれない。洋食屋の定食やトンカツの脇に添えられているくらいだ。自宅で友人を招いたりするときにも料理を彩り豊かに装飾してはくれるけれど、食べる人はほとんどいない。それにスーパーにあるパセリもあんなに束で売らなくてもいいのに。買ったら絶対に余るじゃないか……。

 でも、ほとんどの人は知らない。パセリはそのまま食べたら結構フレーバーがきついけれど、ペーストにすることで食べやすく、おいしくなることを。僕は知っている。寿司屋で食べたあの味が忘れられないから。買ったパセリを食べきれないとき、僕は決まってすり鉢を持ち出してペーストにする。大将に教わった通り、マヨネーズを混ぜる。

 オーブン焼きに使わなくても、それだけでおいしいディップになる。ソーセージにつけても、ふかしたジャガイモにのせてもいい。マヨネーズの代わりにバターにするのもオススメ。「パセリ!?」という味わいが待っている。 

 すり鉢でするという行為に没頭する時間は、ちょっとした非日常でもある。いつも使い道に困っていたパセリを、時には仕方なく捨てていたあのパセリを有効活用できる。こんな洋風スパイスのレシピをまさか寿司屋で教えてもらうことになるとは思わなかった。

 パセリなんてどうせ飾りにするだけなんだから、作り物でいいじゃないか。昔はそう思ってた。今の僕はトンカツ定食に添えられたパセリだってパクパクと食べるようになった。そんな姿をあのときの僕に教えてあげたい。そういえば、あのとき、昔の彼女の話をしていたはずの彼は、ハマグリを食べた後、何事もなかったかのように話題を切り替えた。あの一口ですっきりと気持ちを切り替えたのだろうか。パセリにそんな力があるんだとしたら、すごい。

 ちなみにパセリは他のハーブでも代用できる。つまり、ハーブが残ったら、一度はペーストにしてみよう。想像を超える風味が待っているかもしれないから。

◆パセリのディップ
【材料】
パセリ(葉の部分) 4枝分
マヨネーズ 大さじ3杯
オリーブ油 大さじ1杯
塩 少々
【作り方】
パセリの葉をすり鉢でペースト状になるまですり、その他の材料をよく混ぜ合わせる。密閉容器に入れて冷蔵庫で保存すれば、数日間は楽しめる。

水野仁輔
水野仁輔(みずの・じんすけ)
カレー&スパイス研究家

 1974年静岡県浜松市生まれ。99年に男性12人の出張料理集団「東京カリ~番長」を結成。各地で食のライブキッチンを開催するほか、世界のスパイス料理やカレーのルーツを探求中。著書は40冊を超え、近著に「水野仁輔 カレーの奥義」(NHK出版)、「スパイスカレー事典」(パイインターナショナル)など。2016年にスパイスをレシピとともに届ける「AIR SPICE」を設立。