外出自粛でおしゃれをする気になれない人に伝えたいこと

なぜこの服が着たいのか

新型コロナの感染拡大が続いています。前回、自分がネガティブな状況に置かれていたり、不安を感じたりするようなときこそ「おしゃれしよう」と書きましたが、それについて少し掘り下げたいと思います。

僕が出勤や外出にあたって「何を着るか」の判断基準をどこに置くかというと、それは毎回異なります。絶対的基準というものはない。でももし、僕の「着ていく服を決める選択基準」をあえて説明すると、以下のようになります。

1、 聴いている音楽
2、 出かける相手先
3、 そのとき気になっている色

「なぜ音楽?」と思われる方も多いと思いますが、例えば「あの曲を聴くと元気になる」とコメントされる方が多いように、音楽はとてもエモーショナルなものです。歌詞の内容ばかりでなくメロディーラインも琴線に触れます。僕にとっても音楽は重要な存在ですが、「洋服」というファクターもまたエモーショナルなものであり、気分をあげたり、落ち着かせてくれたりします。だから、「聴く音楽」と「着たい服」はともに、自分のメンタルな部分に大きく作用します。僕の場合、両者はほぼ同じと言っても過言ではありません。

また、その日に会う相手や訪問先によって着る服を選ぶというのは、「忖度そんたく」ではなく、相手へのリスペクトを表すためです。僕の場合は訪問先もファッション関係である場合が多いので、相手が作っているものを着るように心がけます。相手のブランドの製品を持っていない場合は、相手のテイストに合う、同じバイブレーション(感覚)の服を着るようにしています。皆さんが、取引先の製品やその周辺の話をするよう心がけることと同じことなのです。

時代の気分をまとう

3番の「気になる色」ですが、これは自分が似合う色(自分の定番色)ではなく、今季はなぜかこの色が気になる、という色のこと。マーケッター的な視点で言わせていただくと、それは「時代の気分の色」なのだと思います。

太平洋戦争中の日本では、戦時下であるからとぜいたくを慎むように指導するばかりでなく、着る服の色・柄・デザインまで統制する方向にあったようですが、民主主義、自由世界にあっては世の中に暗い気分があふれているような時こそ、各個人が着たい服を選ぶべきであり、そのことで個人が鼓舞されて自分や社会にも活力が出るでしょう。着る服まで“自粛”するような世の中は、ファシズム前夜どころか既にその体制下にある、と言えるかもしれません。

「身だしなみを整える」という表現があるように、日本において「着る」という行為は物質的なものばかりではなく、ある意味、精神的な存在であったと考えます。例えば心が乱れてあたふたしそうな時こそ、自分で選んだ服を堂々と着て、気持ちよく歩むことが大切だと信じて、僕は生きてきました。

「いつでもおしゃれでいなさい」

メキシコ人のデザイナーでアメリカ・ロサンゼルス生まれのマイケル・タピアという友人がいます。「LAの下町でメキシコ系というだけで人生はタフだ」と、彼は語っていました。就学も就職も思い通りにならず、差別と偏見、経済的困難さの中でLAのメキシコ系アメリカ人たちの多くは、ギャングになるかドラッグディーラーになるかぐらいしか人生の選択肢がない中、マイケルは彼の祖母の教えに従いました。それは「いつでもおしゃれでいなさい」というアドバイスだったそうです。

クラスメートがギャングやディーラー予備軍ばかりの中、毎日、おしゃれな格好をして登校するマイケルは周囲から「アイツは何かが違う。だからアイツを誘ったり、ちょっかいを出したりしても無駄だ」と一目置かれ、結局、道を踏み外すこともなく無事に10代を過ごし、やがてファッションの道に進むことができたそうです。彼からこの話を聞いて感動し、共感しました。

自分らしさは人種も国境も超える

今年の1月から3月まで3回、パリに滞在して仕事をしていました。今ほどではないものの連日、新型コロナウイルスのニュースが報道される中、僕やチームのメンバーたちは、何のハラスメントも受けずに過ごせました。そのとき、思い出していたのはマイケルのLA時代のことです。

堂々として、おどおどせず過ごそう。結果として僕らは「アジア人」として目立つ以前に「アイツ」だったのです。

自分らしさは人種や国境を越えます。何かを着ているから無事だったり、格好良かったりするわけではなく、その人らしいこと、存在感が他者への説得力となれば良いのです。もちろん、それは自分自身にとっても、自分が自分でいることの自信と安心感をもたらします。

僕がおしゃれは危機管理に役立つと考える背景は、こういうことなのです。外出する、しないにかかわらず、服を選んで着ることは自分なりのよろいをまとう、ということかもしれません。しかし、それは他者を拒絶したり、比較したり、見かけ上の羨望、あるいは見下す道具としての鎧ではないのです。

今日のあなたの柔らかい鎧は何ですか?

【あわせて読みたい】
栗野宏文 2020年のファッショントレンドに影響を与える3つの潮流とは
新型コロナの影響受けたパリコレ、落ち着いた大人の服が充実
イタリアのブランド・トッズと協業した日本人デザイナーとは

栗野宏文
栗野宏文(くりの・ひろふみ)
ユナイテッドアローズ上級顧問クリエイティブ・ディレクション担当

 1953年生まれ。大学卒業後、ファッション小売業界で販売員、バイヤー、ブランド・ディレクターなどを経験し、1989年にユナイテッドアローズ創業に参画。2004年に英国王立美術学院から名誉フェローを授与される。LVMHプライズ外部審査員。11年からツイードラン・トウキョウの実行委員長を務める。