カルバン・クライン 何度もニュースを作った強運のブランド

マリ・クレール スタイル

ワンピース 5万6000円(CK カルバン・クライン/オンワード樫山お客様相談室)

「カルバン・クライン」は、時流とともに変化してきた、アメリカのブランド。設立は1968年で、私が生まれる前だから、ブランドの「第1次成長期」をリアルには見ていない。

「すべてはカッティングから始まる」というデザインコンセプトが、社会進出を果たした働く女性たちに大ヒット。朝、子供をナーサリースクールに送り、昼は脇目も振らずに働き、夜はベビーシッターにバトンタッチし、そのまま着替える間もなくレセプションパーティーに出かける─―。機能とシルエットの美しさを備えたジャージー素材のシンプルなワンピースが、野心的でファッショナブルなキャリアウーマンたちを支えていたのだ。

私が初めて「カルバン・クライン」の名前を知ったのは、92年になってから。アンダーウェアの広告で。当時、ほぼ無名だったケイト・モスが、スポーティーなショーツだけで写るその写真は、「イギリスのはかなげな女の子×アメリカ的なスポーティーな下着」、という「いい意味での違和感」とともに全世界を席巻した。フェイスブックやインスタグラムがなかった当時、これほどまでに、1枚の写真や一つのメッセージに人々の注目が集まるパワーを、私なりに感じたのだと思う。

この後、ブランドやデザイナーの名前だけでなく、「売れる商品」は誰が身に着けているのか、という「トレンドの生まれ方、育ち方」に変化が生まれ、SNSの流行につながっていく。F2層(35~49歳の女性)のリアルブランドであった「カルバン・クライン」が、若い世代に認知された瞬間でもあった。

その後、ブランドのバリューを決定的にしたのが、後にジョン・F・ケネディ・ジュニアと結婚した、キャロリン・ベセットの存在だ。ボストン大学を卒業後、「カルバン・クライン」のショップで働いていた彼女は、美貌とファッションセンスを買われ、本社のスタッフに。カルバン・クラインの当時の妻が、2人を引き合わせたと言われている。そして、同ブランドのデザイナーであったナルシソ・ロドリゲスのドレスを着て、2人は結婚した。アメリカの言わば「ロイヤルファミリー」の御用達マークを冠したブランドとして成長していくのだ。

例の飛行機事故(※)で、この、世にも美しいカップルが消えてしまったと同時に、私と「カルバン・クライン」の距離も遠くなった。ただし、今季の「CKカルバン・クライン」のワンピースは個人的にとても好きだ。ロゴのアンダーウェアの人気再燃、さらにデザイナーの交代劇など、SNSのニュースとは関係なく、きっぱりと合理的なシルエットを着てみたい、と思っている。

※いとこの結婚式に出席するために乗った小型飛行機がマサチューセッツ州マーサズ・ビニャード付近の海に墜落。

(c)marie claire style/text: Naoko Okusa

大草直子(おおくさ・なおこ)
コンセプトディレクター

 1972年生まれ、東京都出身。大学卒業後、現・ハースト婦人画報社へ入社。雑誌の編集に携わった後、独立。ファッション誌、新聞、カタログを中心にスタイリングをこなすかたわら、イベント出演や執筆業にも精力的に取り組む。WEBマガジン「mi-mollet」のコンセプトディレクター。新媒体「AMARC」(amarclife.com)を主宰。インスタグラム@naokookusaも人気。

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